2007年3月―NO.53
この味は、忘れがたい。 ヘラにこびりついたごはんまで、歯でこそいで食べたことは言うまでもない 木やだんごの「五平餅」と木曽ごへ〜本舗の「ごへ〜餅」
木曽ごへ〜本舗の「ごへ〜餅」 (画:森下典子)
私は、幼い頃から、焼きおにぎりに、味噌や醤油をつけて火にあぶり、ちょっと焦がしたものが大好きだった。ちょっとした風邪なら、これを食べれば不思議に治ってしまう。 その霊験あらたかな焼きおにぎりに、五平餅は似ていた。そして、焼きおにぎりよりも、もっと滋味深い香りがした。 形も好きだった。小判のような、うちわのような、わらじのような、この扁平足!どーんとして、鋭利な感じがない。どこから見ても、人の手が作った素朴さと優しさに満ちている。 食べ物の形って、不思議だ……。讃岐うどんも、きしめんも、稲庭も、だんご汁も、すいとんも、材料は同じなのに、太さや形状が違うと、おいしさは別物になる。 スパゲティも、マカロニも、フェトチーネも、ニョッキも、材料は同じだが、形が違えば、味も変わる。 焼きおにぎりも、五平餅も、同じものでできているが、五平餅を食べたいときは、焼きおにぎりでなく、五平餅を食べたいし、串につぶしたごはんを練りつけた秋田のきりたんぽでもダメなのである。 人間の舌は、材料と調味料だけでなく、形まで味として感じ分けているのだ……。 さて、妻籠の五平餅に話を戻そう。炭火であぶられた香ばしさに、私は串が手放せなかった。 「あーっ!そんなに食べちゃダメ!一口って言ったじゃん!」 友達は、私の手から五平餅をひったくると、 「もうあげないっ!」 と、背を向けた。 ぷうんと、いい匂いがする……。彼女は、いとおしそうに五平餅にかぶりつき、やがて、五平餅は、串だけになった。 その串が、また好きだった。ヘラのように幅が広くて、先が丸い。ところどころ焼けて黒づみ、焦げたタレがこびりついていた。友達は、その串にこびりついたタレとごはんを歯でこそいできれいに食べた。