身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年2月―NO.64

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人はこんなにささやかな飴菓子で、豊かさを感じることがある。
九重本舗玉澤の「霜ばしら」


九重本舗玉澤の「霜ばしら」
九重本舗玉澤の「霜ばしら」
(画:森下典子)

 そのお菓子を初めて見たのは、20代のころ。あれは2月のお茶の稽古だった。「立春」が過ぎ、あちこちで梅の話題が出始める季節。鎌倉彫で梅を彫った棗や、梅の絵のお茶碗などが出ていた。
 だけど毎年、むしろ「立春」過ぎから底冷えが厳しくなる。その日も、どんよりと曇った空から、今にも白いものが舞い降りてきそうだった。
 稽古場には、石油ストーブが一台あるけれど、障子を開けるたびに、廊下の冷気がさーっと入ってきて、思わず固く身がしまる。お釜のお湯がわく「松風」の音が、
 しーーーーーーーー
 と鳴り、お釜の蓋をあけるたびに、まっ白い湯気がもうもうと巻き上がった。
「たっぷりと、点ててあげてちょうだい」
 先生が、お薄のお点前する生徒に声をかけた。
「はい」
 筒のように深い、冬のお茶碗に、茶杓でこんもりとお抹茶をはき、そこに柄杓でたっぷりと湯をそそぐ。
 とろとろとろとろ……
 熱い湯の、やさしい丸い音がして、お茶碗からも湯気が上がり、そのもうもうとした湯気の中で、
 しゃしゃしゃしゃ……
 と、お茶がたつ。
 お点前を見ながら順番を待っていると、隣から菓子盆がまわってきた。
「どうぞ」
 黒い塗りもののお盆の真ん中に、まっ白い雪のような粉がこんもりと盛られていて、その粉の山のあちこちから、銀白色に光る、小さな薄い板状のものがたくさん頭を出していた。
 私は、手に取った菓子盆に顔を近づけ、しげしげと見た。
「さあ、それは何でしょう?」
 先生は、なぞなぞを出題する子供みたいに、嬉しそうな顔だった。
 小さな薄い板状のものの表面は、絹の繊維のように縦に筋が伸びていて、艶やかだった。粉に埋まっているもの、半分突き出しているもの、横倒しになったものもあり、砕けた小さな破片が、キラキラと光っている。
 ふと、どこかでこういうものを見たことがある気がするのだけれど、思いだせない。なんだろう?

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