2008年5月―NO.67
これらが食卓に並んでいたら、 私は何も言うことはない 幸福は、虹の向こうや山の彼方ではなく、 皿の上にある 魚久の「粕漬け」
魚久の「粕漬け」 (画:森下典子)
酒粕の中に寝かせておくだけで、食べ物はびっくりするほどうまくなる。風味がよくなり、栄養は何倍にも増し、消化吸収がすこぶるよくなるのだ……。 そのことに初めて気づいた人は、きっと、 「酒粕の中に神様が棲んでいる!」 と、おののき畏れ、 「ははーっ!」 と、ひれ伏したに違いない。 事実、酒粕の中には「神様」が棲んでいる。目に見えないほど小さな「酵母菌」という神様たちが無数にいて、日夜、食べ物のうまみを引き出し、栄養を何倍にも増やすよう働いてくれているのだ。 そういう神様の働きによってできる「粕漬け」という調理法は、なんと、日本にしかないという。 「ねえ、日本てさ、いい国だと思わない?」 「いい国だよ〜。万葉集にも『うまし国』って歌われてるじゃない」 「ほんとに、『うまし国』だよねえ〜。あたし、日本人に生まれてよかった!」 魚の粕漬けを食べるたびに、私は母としみじみ言い合っている。 とりわけ、日本に生まれた幸せを痛感するのは、「魚久の京粕漬け」が食卓に登場した時である。 鮭、さわら、いか、ほたて貝、車えび、めかじき…… 粕漬けの種類はいろいろあるが、中でも私が「これぞ日本の宝」だと思うのは、「ぎんだらの粕漬け」である。 脂ののった白身が、半透明に透けかかった「ぎんだらの粕漬け」を目の前にすると、私は目がトロ〜ンと潤み、目尻が下がるのをどうしようもない。