2009年4月―NO.78
口に入れると、葛がひんやりとし、うっすらと甘い。 なめらかに口どけして、すーっと消える。日本の初夏の冷たい葛菓子である。 美濃忠の「初かつを」
美濃忠の「初かつを」 (画:森下典子)
今年は不況の影響で、ゴールデンウィークが「16連休」という会社もあるというが、私が子供だったころは、「振替え休日」がなかった。「旗日」と日曜日が重なると、みんな、損したような気持ちになった。うまくとれても「飛び石」で一週間。 だけど、それは心浮き立つ連休だった。 空は晴れ渡って甘い香りの風が吹き、玄関の脇の植え込みに、燃え立つように真っ赤なツツジが噴き出す。 家族みんなで今日もお休み、明日も明後日もお休み……。私は、なんだか盆と正月が一緒にやってきたような気持ちになり、幸せで身を持て余し、家の中でぴょんぴょん小躍りし、 「こらっ、調子づくな!」 と、よく父に叱られた。叱る父も、ちょっと興奮気味で、声が裏返っていた。 当時はまだ家族で海外旅行に出かけるような時代ではなかった。うちの一家が出かけると言えば、たいてい横浜の「みなとまつり」の国際仮装行列を見に行くか、横浜市緑区にある「子供の国」だった。母がおにぎりを握り、水筒にお茶をつめ、電車ででかけた。どこへ行っても、真っ青な空の下に家族連れがひしめき、帰りの電車の中では、くたくたになって、親も子も、みんな首がへし折れたようになって寝ていた。 あれは、何歳の時のゴールデンウィークだっただろうか。家族で出かけて遊び疲れ、夕方、家に戻ってくると、父は母に言った。 「なあ、何か、うんまいもの作ってよ」 ただ「うまい」ではなく、「うんまい」と、タメをつけて言う。 「はいはい、今日はいいものがあるのよ。『うんまい』ものを作りましょ」 母は張り切って台所に立った。 休日は、父も私たちも、夕食前にお風呂に入る。まだ外の明るい夕方、湯舟の中に、菖蒲の葉の束を浮かべた「菖蒲湯」に浸かりながら、「あ〜、いいな〜」 と、父が体の奥から絞り出す、くぐもった声が、小さな家のどこにいても聞こえた。