身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年4月―NO.78

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口に入れると、葛がひんやりとし、うっすらと甘い。
なめらかに口どけして、すーっと消える。日本の初夏の冷たい葛菓子である。

美濃忠の「初かつを」


美濃忠の「初かつを」
美濃忠の「初かつを」
(画:森下典子)

 お風呂から上がって、こざっぱりした顔で食卓にみんながそろうと、父は冷蔵庫からいそいそとビールを出す。母が台所から両手で捧げ持つように大皿を持って出てきて、
「さぁさぁ、食べましょう」
 と、食卓の真ん中に置いた。
 居間の丸いちゃぶ台の真ん中に、パーッとスポットライトが当たったように見えた。
 大皿にぐるりと丸く、瑞々しい刺身が並んでいる。いつもの刺身とはまるで違う色だった。淡く美しい桃色の肌に、波紋が広がったように縞の模様が入っている。
「なに、これ?」
「おまえ、これが初鰹だ」
 父がビール片手にして嬉しそうに言い、母は、
「『目には青葉、山ほととぎず、初鰹』って言って、この季節にしか食べられないんだよ」
 と、醤油を小皿にたらした。それに大葉の細切りとおろしニンニクの薬味を加え、桃色の刺身を箸で取るや、さっとくぐらせ、母は口に入れた。
「……んーっ!」
「どうだ?」
 母は泣きそうな顔になって、黙ってウンウンと頷いた。私と弟も、母にならって、大葉とおろしニンニクを薬味に、初鰹を醤油にくぐらせ、口に入れた。
 その時、開け放した窓から、木々の溢れるような若葉の香りが入ってきた。初鰹の桃色の身は、驚くほど柔らかかった。しっとりとして、生臭さがなく、口の中に若葉のようなさわやかな風味を感じた。
「うんまいか?」
「うん!」

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