2009年4月―NO.78
口に入れると、葛がひんやりとし、うっすらと甘い。 なめらかに口どけして、すーっと消える。日本の初夏の冷たい葛菓子である。 美濃忠の「初かつを」
美濃忠の「初かつを」 (画:森下典子)
40年以上たった今でも、私は初鰹を食べると、あの日が蘇る気がする。桃色の柔らかい刺身の縞と縞の間から、木々の若葉の匂いや、燃え立つツツジの色、菖蒲湯の湯気の匂い、子供時代のゴールデンウィークの開放感がやってくる。父も母も若かった。家族4人で食卓を囲んだ休日の、どこにでもある一瞬……。 この季節、和菓子の世界にも「初かつを」と呼ばれるものがあるのを知ったのは、お茶の稽古に通うようになってからだ。名古屋の老舗、美濃忠の葛を使った蒸し羊羹である。 まわりが半透明に透け、菓子切り楊枝で切ると、身は柔らかくプルプルとしている。口に入れると、葛がひんやりとし、うっすらと甘い。なめらかに口どけして、すーっと消える。日本の初夏の冷たい葛菓子である。 ではなぜ「初かつを」なのか……。 よく目を凝らして見ると、表面に鰹の肌のような縞模様が入っているのである。その縞の間隔が、最初は太く、少しずつ細くなっていく。それを見ると、思わず、 「あっ、鰹だ!」 と、膝を打つ思いがする。 なんでも、この羊羹を蒸し上げる途中で、わざと一度かきまぜ、この縞模様を作るらしい。 棹を切り分ける時は、包丁ではなく、木綿糸を2本拠って切り分ける。すると、切り口にも鰹の刺身のような縞が出る。 桜が終わり、青葉が一斉に芽吹くころ、この桃色の和菓子を冷蔵庫でちょっと冷やして食べると、口の中で薄甘く葛がとろける。縞と縞の間から、子どものころのゴールデンウィークの食卓の幸せが、たちのぼってくるような気がして、実に「うんまい」。