身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年5月―NO.79

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口に入れると、葛がひんやりとし、うっすらと甘い。
なめらかに口どけして、すーっと消える。日本の初夏の冷たい葛菓子である。

塩瀬総本家の「びわ」


枇杷
枇杷
(画:森下典子)

 中でもこの季節、私を誘ってやまないのは「枇杷」である。今年も、ご近所のブロック塀越しに、見るからにおいしそうな黄橙色の実が見える。買い物の行き帰りに、いつもそのブロック塀の前を通るのだが、ゴワゴワと葉の茂った枝先に、ちょうど卵ほどの大きさに膨らんだ実が鈴なりにみのっている。今が食べごろ。ちょっと手を伸ばせば届きそうだが、身を乗り出そうとするたびに、人が通りかかる。仕方ないので、果物店に並んでいるプラスチックのパック入りのを買ってくる。
 枇杷の実は、形が楽器の「琵琶」に似ているところから名がついたというけれど、なんともかわいく愛嬌がある……。新鮮な実の表面はうっすらと靄っていて、撫でると指の腹に産毛を感じる。頭には太い軸のようなヘタが付いているが、私はいつも軸を下にして、枇杷の尻ばかり眺めてしまう。
 お尻の、キュッとすぼまった「おヘソ」がキュートなのである。内側から大きな袋の口を縫いすぼめたみたいだ。黄橙色の美しい実の中でそこだけが暗緑色がかって、なんとなく「蒙古斑」を連想してしまう。
 枇杷を食べる時は、この「おヘソ」から軸に向かって皮を剥く。すると、皮が千切れることなく、
 スルスルスルスル……
 となめらかに剥ける。現れる黄橙色の果肉は、肉厚で、みずみずしい。たちまち、じわーっと果汁がしたたり、どこか南の国を思わせる香りが、鼻の奥に広がる。奥ゆかしく気品のある香りだ。
 ものも言わず、黄橙色の卵のような果肉に、かふっ、かふっ、とかぶりつく。枇杷の果肉は固く身が締まっているのに、歯を立てると意外なほど柔らかく受け入れてくれる。甘い果汁が、指を伝い、手首にまで滴って、思わずしゃぶる指まで香る。
「うーっ」
  と、うめいて、濡れた手のまま、すぐさま次の「蒙古斑」をスルスルと剥き、かふっとかぶりつく。枇杷1パックなど、あっという間だ。後には、ペローンと剥けた薄い皮と、ゴロゴロ出てくる大粒の種の山が残る……。

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