2010年5月―NO.90
その記憶のせいだろうか。 私は今でも、関西風のお好み焼きを食べる時、 頭の奥で、「こんにちはーこんにちはー」と、三波春夫の歌声を聴く 大阪万博の「お好み焼き」 (日清フーズの「フラワー 薄力小麦粉」)
お好み焼き (画:森下典子)
白い帽子をかぶったアルバイトらしいお兄さんが、鉄板の前で汗をダラダラかきながら焼いている。その屋台に長蛇の列ができていた。みんな、ものも言わず、ただじーっと「お好み焼き」を一枚一枚焼く手元を見つめていた。 ザク切りのキャベツ、豚肉、イカ、揚げ玉、紅ショウガと生地を練り合わせたものに、お兄さんは卵を一個入れ、ヘラの角で黄身をつぶすや、軽く混ぜ、油を引いた熱い鉄板に、一気呵成にドロドロ〜と流し込んだ。 ジャー!と、蒸気があがり、キャベツやイカや豚肉がクリーム色の生地にまみれてブツブツ騒ぎ立つ。私はなんとなく、上からヘラでギュッと押えればいいのにと思った。そうすれば早く焼けそうな気がする。が、お兄さんはそれをしない。焼けるのをじーっと待つ。後で知ったことだが、そうしないと、ふっくらサクサクしたお好み焼きにならないらしい。お客さんたちも、一枚一枚焼くのを、辛抱強くじーっと見守る。「太陽の塔」は3時間、「月の石」のアメリカ館は6時間待ちだったが、「お好み焼き」の行列も長く感じられた。 片面4、5分焼いたところで、お兄さんはやおら両手に持ったコテを左右からスッと差し込み、持ちあげたと思うと、手首を使って一気にスパン!とひっくり返した。 黄色っぽいところ、こんがりキツネに焼けたところ、茶色く焦げたところ、斑になった面に、具がのぞいている。そこに刷毛でソースを塗りたくる。その甘辛いソースの匂いに、私は胃がよじ切れそうだった。お兄さんは手を出さず、裏が焼けるのをじっと待つ。そして、いよいよ頃合いと見ると、ソースの上に花かつおと青海苔をパッとふりかけ、発泡スチロールの白い皿にサッとのせる。 あの日のお好み焼きには、キャベツの太い芯がゴロゴロ入っていた。その焼けた芯が妙に甘かった。キャベツの芯があんなにおいしいものだということを初めて知った。紅ショウガとソースと青海苔が口の中でからまり、体がほっと和むのを感じた。 その記憶のせいだろうか。私は今でも、関西風のお好み焼きを食べる時、頭の奥で、 「こんにちはーこんにちはー」 と、三波春夫の歌声を聴く。