「パパ、風速４０メートルだって！」
　と、スキップしてはしゃぎ、
「こら！調子にのるんじゃない。家が飛ばされたり、流されたりしたら大変なんだぞ」
　と、叱られた。だけど、叱る方も、叱られる方も興奮していた。
　台風はまだやって来ない。
「嵐の前の静けさだな……」
と、父が言い、
「さ、早く食べちゃいましょう」
　と、母がはりきってご飯をよそった。
　テレビでは雨合羽を着てずぶ濡れになったアナウンサーが、猛烈な風に吹き飛ばされそうになりながら実況中継をしている。それを見ながらいつになく早い夕食をすませ、親子でばかに早く床に着いた。
　なんで台風が来ると、こんなに早く寝るのかわからなかったが、雨戸を閉めきった家の中で親子で川の字に寝ながら雨戸の向こうの雨を聴いていると、どこかよその山小屋にいるような気分だった。やがて大きな雨音が雨戸を叩き、風が怪獣のようにごうごうと吠えて雨戸がガタガタ鳴り始めた。
「始まった始まった」
　と、父が言い、家族で横になったまま、ラジオの台風情報を聴いた。ある時、猛烈な風が吹きつけて、一瞬、わが家がちょっと宙に浮かんだような気がした。そして、いきなり、あたりが真っ暗になった。
「あ……停電だ」
　母が卓袱台の上に用意してあったロウソクに火をつけた。ボーっと小さな灯りがともると、ちょっとホッとした。みんなで起きて卓袱台を囲んだ。いつもは「子供は早く寝なさい」と叱られるのに、台風の夜だけは子供も夜中まで起きていていいことになる。雨戸がガタガタ鳴って、雨は叩きつけるように降っている。懐中電灯だけでトイレに行くと怖くて、私は用を足すなり、戸も閉めずに大急ぎで父と母のそばに戻った。