身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2005年9月―NO.35
  3

独特の香りが漂って、つい、
「ん〜」と、深呼吸してしまう

壽屋の「黄金芋」


さるすべり
さるすべり
(画:森下典子)

 それは、ニッキだ……。
「ニッキ」(肉桂)、と言ってピンと来なければ、「シナモン」である。
 あの刺激的な香りが、ミニチュアの「焼き芋」の皮からぷんぷん香るのだ。
 シナモンといえば、私は樹の皮を丸めて棒状にしたものを思い浮かべる。ジャムで甘く味付けした紅茶に、シナモンの棒を突っ込んだ、ロシアン・ティーというのを飲んだことがある。紅茶をかき回すのに棒を使い、少しふやけてから先っぽを齧ってみたら、コルクみたいな樹皮から、強烈なスパイスの香りがした。
 シナモン・ロールと言う、甘い大きな菓子パンを食べたこともある。修学旅行の京都のお土産ナンバーワンの「八ツ橋」にも、ニッキの香りがついていたし、昔、「ニッキ飴」という飴もあった。
 ニッキ(シナモン)は、生薬の一つで、健胃、整腸、血行促進、風邪予防などの効果があるという。そのせいか、ニッキの香りのお菓子は、なんだか漢方薬くさくて、私は苦手だった。
 ところが、これがなぜかミニチュアの「焼き芋」と、実によく合う。
 白いんげん豆を使った黄味餡のしっとりとした甘さに、ニッキの香りが絡むと、生薬くさかったはずのニッキが、不思議に甘い香ばしさに変わる。まるで、「焼き芋」の皮の焦げくささのような、自然ないい香りになって、鼻腔を駆け抜け、脳の奥に運ばれていくのだ。
 こんがりと焼け目のついた皮から、ぱらぱらと落ちるココア色のニッキの粉を、黄色い包み紙の上に集め、指先につけて舐めとりながら、私は、子供の頃、庭の枯葉を集めて焼いた焚き火の煙の、鼻に来るツンとした刺激を思い出す。
 その焚き火の中に、父が濡れた新聞紙で包んだサツマイモを放り込んで焼いた。
(あの焼き芋も皮が焼け焦げて、いい匂いだったなぁ〜。ほっこり割ると、中の芋が黄金色になっててさ……)
「ねえ、おいしいお茶入れてよ」
 と、母の声がした。
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